風の丘 高松市にある LIT  は爽やかな風を運ぶ それは障がい者が町中で生活するということ

風の丘 高松市にある LIT  は爽やかな風を運ぶ それは障がい者が町中で生活するということ

メニュー

080509 福祉への思いーこれから先の福祉はどのような方向に向かっていくのかー

いつの頃からか自分の心の中に占める福祉への思いは、須田が講演で話していた「この子達を愛してください」です。「この子達」という言葉には親としての思いがつまっているのです。けやきの郷には福祉工場(現在の就労支援A型)があり、労働関係の多くの方が見学に来ることがありました。その時須田がやはり「この子達」という言葉を使ったのです。すると、労働関係の方から「この子達」と言うが、一人の働く成人の方にそういう言葉はふさわしくないのではないかと指摘がありました。そのことは、当然のことなのでそこで須田は反論しませんでした。その場にいた自分は、親の思いを伝えることの難しさを感じました。多くの方に理解してもらえるにはどういう言葉を使えばいいのかと、ずっと考えることになりました。


 自分にとっての福祉への思いとは、障がいがあると言われる一人ひとりに対する思いです。それをどう伝えていくかです。当初このホームページは、開所したLITの活動を伝えることにしていたのですが、その役割は終わりました。そこで途中から、支援者としての心がけとして自分が学んできたこと、経験してきたことを伝えることにしました。誰もが初めて接した時に、先輩職員に言われたことをそういうものかと何も疑わずに飲み込みます。でも、そうではないのではと思うようになるのは、何年か経験してからです。もしくは、初めから自分は普通に接しているからこれでいいんだと思い込むかです。でも、我流では必ず行き詰まります。その時にここに書かれたことを読んでもらえば何かのヒントになると思います。

 連休中に関西にある大きな本屋に行きました。今は障がい関係の本、自閉症関係の本なども含めてほとんどないですね。あるのは、制度関係の本です。でも40年も前には、福祉の心を語る本がたくさんありました。今でも覚えているのは、滋賀県の田村一二先生が書いた本です。障がいのある人たちのことを「ぜんざいには塩がいる」と言ってました。障がいのある人たちの存在の意義を語っていたのです。

単身香川県に来て、一度職場から離れたものの、このまま香川県を去る気にならず、うどん屋でバイトをしながら食い繋いでいたところ、ひょんなことから再度現場に戻ることになり、さらに会社を起こしどっぷりと現場に浸かることになりました。人生とは分からないものです。今、こうしているなどと誰も想像できなかったと思います。この間が約6年です。当然、年も取りました。人生100年と言われるようになりましたが、今は長すぎる老後はいらないですね。香川県は松の盆栽で有名ですが、埼玉県はけやきの盆栽が盛んです。大宮には盆栽村があるくらいです。川越にいた頃に盆栽を本格的な趣味でやっている方に聞いた話です。「100歳になる盆栽名人は、今でもけやきの種を植える」そうです。けやきの種を植えてそれが盆栽になるまでにいったい何年かかるのか。この話を聞いた時に、なぜか心にずっと残っておりました。年を取って、分かって来ることもあるのだと思いました。


グループホームにおける食費の問題、つい最近は就労支援の過大な請求の問題、障がい福祉サービスと言われるようになり、民間が参入するようになり、ビジネスになったことは事実です。一方で社会福祉法人は旧態依然たる状況から脱皮できない。この先にあるのは混沌たる状況ではないかと思います。それでも一人ひとりに対する思いを大事にする仕事をしていきたいものと思います。

X