風の丘 高松市にある LIT  は爽やかな風を運ぶ それは障がい者が町中で生活するということ

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27)ある行動が変わる瞬間

27)ある行動が変わる瞬間

須田の話の続きです。

須田が毎回取り上げていた話の中に、自分の息子さんの幼少期の話がありました。幼少期の頃、とても多動でその上興味を持ったことはとことん実行する子だったとのことです。その行動の中に、寿司屋の提灯破りがありました。ある時、寿司屋の店先の提灯が気になり始め、その寿司屋の近くまで行くと急に走り出し、その提灯を破るようになったとのことです。そのなことがあったため、頻繁に寿司の出前を頼むようになり、とりあえずは文句を言われないで済んでいたようです。同時に、「私は陸上の短距離の選手だったから、走り出したらすぐに追いつき提灯破りを止めていた」とも言ってました。それでも頻繁に繰り返されますから、やはり提灯を破ってしまうことがありました。そんなある日、さすがに寿司屋の大将も我慢ならず、怒鳴りつけられたそうです。気丈な須田もこの時、思わず涙を流したそうです。その、母親が流す涙を息子さんはじっと見ていたそうです。涙を流しながらも、さすがに須田は息子さんの様子を見ていました。


でもこの時以来、提灯破りの行動は無くなりました。


自分も同じような経験が思い出せるだけで2度あります。1度は、北海道の施設にいた頃です。現在の障害支援区分は、6段階ですが、6はとても幅広い段階です。もしも10段階であれば、間違いなく10の判定が出るような方でした。1日中興奮と自傷、睡眠障害、便こね、異食、朝にセレネースの静脈注射を毎日医務室で打つような方でした。ある時、いつものように興奮が始まりました。その時自分は、その方の手を握って、じっとしました。一緒に勤務をしていた同僚の了解を得て、2時間も経った時です。突然、静かになりその場から(居室にいました)、走り出し、みんなのいるリビングを行き、静かに過ごしました。この時以来です。興奮がなくなったわけでhがありませんが、行動に落ち着きが出て来ました。


2度目は、埼玉にいた時です。頻繁に繰り返される他害・破壊・外出の為、自宅での生活、通所施設の利用も断られ、精神病院におりました。いよいよ退院しなければならない時に、主治医に頼まれ通所で受け入れました。職員は常に一人付きます。この時、破壊はなかったのですが、他害が始まりました。パンの作業班にいたのですが、瞬間に番重(箱型のプラスチック容器)を他者めがけて振り回すようになりました。十分注意していても止めきれない時があり、ある時相手の眉間にぶつかり、縫うほどの傷を作りました。母親がお互い様ですから、一切謝罪はいりませんと言ってくれ、これ以上受け入れは無理かと思った次の日、本人と母親と担当を呼び、本人は自分の目の前に座ってもらい、「ここでみんなと一緒に働くのか、それとも精神病院がいいのか」と聞きました。本人は太田ステージⅢ−2(自分で答えることができます)、本人は「ここがいい」とはっきりと答えました。これ以来です。本人の破壊と他害は、ここでは消えました。

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